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年俸制

年俸制とは、賃金の額を年単位で決める制度ですが、典型的な年俸制では、労働者本人と上司等が話し合いにより、毎年の賃金額が変動しうる点に特色があります。
年俸制のもとでも、労働時間規制の適用除外がなされず、また、裁量労働や事業場外労働のみなし時間性が適用されない限り、時間外労働に対する割増賃金は別途支払う必要があります。
【年俸制とは何か】
賃金額がどのような時間的単位によって決定されるかという観点から賃金制度を分類すると、一日あたりで額を決定する日給制、一月あたりで額を決定する月給制などに分けることができます(額は一日あたりで決定し、支払は一月単位で行う日給月給制もあります)。こうした観点からは、賃金の額を一年あたりで決定する制度を年俸制と呼ぶことができます。もちろん、実際の支払は、最低月1回の支払が必要になりますので、年俸額を分割して毎月(ボーナス月に多く振り分けることもあります)支払うことになります

もっとも、現在盛んに導入されている年俸制には、このように賃金額を年単位で決定するというだけでなく、より特徴的な性格があります。それは、年俸額が、前年度の業績の評価などに基づき、労働者と上司等の間の話し合いないし交渉によって決定されるという点です。こうした特徴が最も極端に現れるのがプロ野球選手の場合で(労働者性の有無は別の問題です)、たとえば、昨シーズンの打率が3割であったなどという業績により、年俸が大きく左右されます。

こうした意味で、年俸制は、いわゆる成果主義賃金制度の典型であるといえます。もっとも、わが国における一般の会社員の場合、従来型の賃金制度との連続性もかなり残されていて、従前の業績だけでなく、「役割」や「期待度」なども考慮される場合や、交渉により変動しうる年俸制と従来型の賃金制度とが組み合わされている場合、さらには、変動の上下幅が決められている場合などがあります(このように、従来型のわが国の賃金制度との連続性が強い年俸制を、「日本型年俸制」と呼ぶことがあります)。

それでも、年俸制のもとでは、各労働者について毎年の目標を設定して、年度の終わりにその達成度を評価するなど、いわゆる「目標管理」が重要となりますので、成果主義的な賃金制度であることは確かです。また、従来型の賃金制度のもとでは、職能給制度がとられる場合を含め、定期昇給により毎年賃金が上がってゆくという発想がありますが、年俸制のもとでは賃金額は毎年変動しうるので、年功賃金的な色彩は薄まります。企業としては、いわゆる総額人件費管理という観点から、賃金総額が毎年上昇してゆくのを避けるために年俸制を導入しようとすることもあるでしょう。年俸制を導入する場合は、就業規則の変更という方法がとられることが多いと思われますが、導入に反対する労働者にも制度を適用するためには、就業規則の変更に合理性があることが必要です

【年俸制をめぐる問題】
こうした成果主義的な年俸制のもとでは、業績評価の基準や評価の具体的な運用の公正さが重要な課題になりますが、法律上、労働者の成績評価は使用者の裁量に委ねられる面も多いので、個々の労働者に対する具体的な評価が違法であるとして訴訟等で争うのは難しいことが多いと思われます。それでも、組合活動や性別など法律上考慮してはならない事項を考慮した評価や、個人の感情など不当な目的に基づいてなされた評価が、権利濫用として違法となることはありうるでしょう。また、前年の業績や年俸額などについて、年俸交渉を行っても合意に至らなかった場合の扱いも問題となりますが、期間の定めのない労働契約が結ばれているときには、最終的な年俸決定権は使用者に属していることが多いと思われます(期間の定めがある契約の場合は、プロ野球選手のように、更新がなされないこともありえます)。

ところで、年俸制がとられると、支払われる賃金は年俸額のみで、時間外割増賃金は支払われないといったイメージがあるようですが、年俸制をとったからといって、直ちに労基法上の割増賃金の規制が外れるわけではありません。労基法の管理監督者に該当する場合にはそもそも労働時間の規制が適用除外となりますし、裁量労働や事業場外労働についてのみなし時間制が適用される場合には、みなしにより処理される労働時間が1日8時間を超えない限りは、割増賃金は不要となりますが、それ以外の場合、割増賃金の支払いは必要です。(賞与部分を含めて金額が確定している年俸制の場合は、一時金の形をとる部分についても算定基礎からの除外はなされず、確定した年俸額全額を割増賃金算定の基礎とする必要が生じえます。成果主義人事の実現方法として裁量労働制が議論される背景には、こうした事情もあるといえます。

もっとも、割増賃金の支払が必要となりうる一般の従業員について年俸制を採用する場合には、割増賃金をとりあえず固定額で支払うという方法もあります。すなわち、従来の平均的な実績などによって計算した一定額の残業手当を支払うことにして年俸額を算定する方法です。このような割増賃金の支払方法は必ずしも違法ではありませんが、実際の労働時間によって計算した割増賃金の額が固定額による残業手当を上回る場合には、差額を支払う必要があります。また、このような扱いをする場合には、通常の労働時間に対応する賃金と、割増賃金に相当する賃金とが区別できるようになっている必要があります(最高裁平6.6.13 高知県観光事件)。